About Us

本研究プロジェクトでは、歴史学、水文学、気候・気象学の研究者が協働し、水と人との関係に着目して、新しいアジア史像を探っている。モンスーンと季節的降雨が広域にわたって大きな影響を及ぼすこと、域内の多くの地域が、海・河川・湖沼等からなる水系に囲まれた地形、すなわち「水圏」であるということという、域内社会経済を相俟って規定する水をめぐる二つの条件から、地域としてのまとまりをもったアジア史を構想すること(目的/Objectives)と、その為に、理工学系と人文社会科学系双方の学知を取り入れたデータベース(DB)の構築と分析を行うこと(研究手法/Methods and Disciplines)は、プロジェクトの二つの柱として結びついている。

Objectives

アジア史を考える:繋がりと多様性

現代社会において、特に1990年代以降、加速度的に進行しつつある各国・各地域社会経済の相互依存の深化・グローバル化の下で、各国史の単なる総和としてではなく、世界各地が結びつきを深めてきた起源と過程を明らかにすることが求められている。そうした問題意識にも呼応して、世界各地の様々な関係史と、比較史を二つの主要なアプローチとするグローバル・ヒストリー研究が進められている。一方、日本のアジア史研究では、19世紀以降の世界経済の緊密な連鎖の下での、アジア諸国の変化は、相互依存の深化という点でも、工業化を含む経済の相互連関性という点でも、地域的な問題として捉えられることが、1980年代以降の「アジア交易圏論」で指摘され、以後、アジア域内での商人ネットワークや貿易、沿海都市に関する研究成果が蓄積されてきた。

そうした地域内外の繋がりへの関心にも先立って、広く一般にも認識されてきたのが、アジア域内の多様性である。北緯76度のシベリアから南緯11度のロテ島(インドネシア)に至る域内の気候は、内陸部のヒマラヤ山脈を始めとする大山脈や高原地帯と、それらを水源として中国を流れる黄河や長江,インドシナ半島を流れるメコン川,インド半島の北部を流れるガンジス川などの流域に広がるデルタ地帯から成る地形と相俟って、多様な自然環境を形成している。各地に関する研究は、そこに生きる人々の生産や生活のあり方や、エスニスティや宗教といった属性や意識が、複雑に関係しながら多岐にわたることを明らかにしてきた。

こうした繋がりと多様性は相互にどのように関係し、アジア地域の社会経済を形作っているのであろうか。二つの側面に関する様々な地域の視角と事例を組み込んだ、アジア史のメタ・ナレティブ(総合的叙述)を構築することはできないであろうか。これらの課題に応えるべく、本プロジェクトは、季節的降雨と水圏という、域内社会経済に相俟って大きな影響を与える自然環境要因に着目している。

テーマとしての水・方法としての水

人は天水・地表水・地下水をめぐる水循環と、どのように関係してきたのか。世界的に地球環境への関心が高まっており、特に気候と水をめぐる問題は、その中核を成している。自然環境と人間社会との連関の歴史に考察を加える環境史研究は、こうした現代社会の問題意識にも応えるものである。本プロジェクトが構築するDBや提示する歴史的知見も、災害リスクとガバナンス、資源開発と環境保全のトレードオフといった喫緊の課題について、研究者や実務家に有益な示唆を与えると考えられる。

こうしたテーマとしての水の重要性と同時に、本プロジェクトの中で、水は、新たなアジア地域史を構想する為の方法でもある。そこでは、三つの課題を設定している。一つは、空間の関係性の分析である。交易・貿易史を含む海域アジア史では、各地の沿海部に関心が集まった。そうした成果を継承しつつ、海へつながる河川や湖沼を含む水圏という視角の導入により、貿易を水圏間の繋がりと捉え、沿海と内陸や都市と農村間の関係性を含んだ、より統合的な分析が可能となる。二つ目は、政治・社会経済の多元性への視座である。モンスーン気候と水圏という自然環境への社会経済的対応は、国より下位の行政や民間アクターを含めて現地・国家・地域が交差する領域である。共有する問題への対応の分析を通じて、各地の政治・社会経済の多元性を抽出し、更に域内の比較を行う。最後に、時間の重層性の提示である。降雨や水圏といった自然環境に着目すると、経済発展のような直線的な変化に対応した時間的推移だけではなく、日次・月次、季節サイクル、年次災害、長期変動といった重層的な時間軸が見えてくる。こうしたアプローチは、例えば、フェルナン・ブローデルの「歴史の3つの時間論」といった社会経済史研究の古典とも共通するものである。

本プロジェクトは、これらの三つの課題に応えることで、従来の自由貿易体制・貿易圏や、帝国・植民地統治といった解釈・叙述とは異なる、新しい近代アジア史像を構想することを目指している。

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