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モンスーンと季節的降雨という気候と、海や河川からなる水圏という、水をめぐる2つの条件と人間社会が交差する問題群として、①「自然環境・現象」、②「生産・生活」、③「移動・流通」を設定している。また、エルニーニョによる異常気象が想定されている、1876-78年、1918-20年、1931年を、ベンチイヤーとしてプロジェクトメンバー全体で共有している。そうした上で、問題群①と②に関するテーマとして、「自然災害と社会変動」を、①と③に関するテーマとして「水圏間のつながりと仮想水貿易(Virtual Water Trade)」を設定し、3つのプロジェクトを進めている。

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水圏間のつながりと仮想水貿易

研究の目的

「自然災害と社会変動」プロジェクトでは、ある地域を襲った洪水や干ばつといった自然災害に着目し、個々の社会の対応を明らかにしてきた。それでは、ある年や月を取り上げてアジア域内を俯瞰した時、各地の水圏はどのような関係性を有していたのであろうか。近年のアジア社会経済史研究は、域内の農家経営の多くが、商品作物の生産・販売・消費を通じて、市場と結びついていたことを明らかにしてきた。また、日本の学界では、海域アジア史が大きな注目を集め、可動性の高い近世アジア沿海地域社会の態様が明らかにされている。従来、社会経済的な現象として捉えられてきた、こうした活発な流通や移動を、気象・気候との関係や、水圏間の連鎖から検討するならば、どのような特徴を指摘できるのか。例えば、ある一つの水圏における降雨の過多・過少による農作物の不作は、域内の市場を通じて、各地の影響を及ぼしたのであろうか。或いは、地域間の貿易は、異常気象に対応するセーフティーネットとして機能したのであろうか。「水圏間のつながりと仮想水貿易」では、流通や移動を介した水圏間のつながりに、仮想水貿易というといった概念も援用しながら考察を加える。

仮想水貿易(Virtual Water Trade)としての米貿易

近年来、水に関する研究では、農産物・畜産物の生産に要した水が、それらの輸出入に伴って国際的に移動していると捉える、仮想水(Virtual Water)貿易という概念が提示されている(沖大幹「バーチャルウォーター貿易」『水利科学』52巻5号(2008年):61-82頁)。水が体化された財として農作物を捉え、各地での水の過不足を調整する営為としてその貿易を捉えるという分析視角は、アジアの水圏間での貿易に考察を加える際にも有効であると考えられる。

本プロジェクトでは、特に、域内の主要な食糧であり基幹商品である米に着目している。アジア域内での気候と稲作について、長江中下流域(中国)、ベンガル地域(インド)、チャオプラヤ川流域(タイ)、メコン川流域等の主要水系と産地について、データの収集・整理・検討を進めると同時に、シンガポールの貿易統計による、19世紀から20世紀前半にかけての米貿易と価格動向の分析も行っている。

1918-1919年のエルニーニョとアジア米危機

水圏間の連鎖を検証するに当たって、プロジェクトのメンバー間でベンチイヤー(基準年)として共有されているのが、1918-1919年である。この年は、強いエルニーニョ現象が生じたと推計されている。エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象であり、世界的な異常気象の要因となると考えられている。

実際、インドでは、夏季モンスーン期に、20世紀で最も少ない降雨が観測されることとなった(Parthasarathy, B., A.A. Mount, and D. R. Kothawale, 1994. “All-India monthly and Seasonal rainfall series: 1871-1993”. Theoretical Applied Climatology 49: 4755-4771.)。

図2,インドの夏季モンスーンによる降雨 1871-1990

図2,インドの夏季モンスーンによる降雨 1871-1990

東南アジア経済史の専門家である、ポール・クラコスタ(Paul Kratoska)は、この年のインドの米不作に、植民地政庁がビルマ米の貿易統制で対応しようとしたことが、東南アジア各国の米市場を大きく混乱させたことを指摘した(Kratoska, Paul. H. 1990. “The British Empire and the Southeast Asian Rice Crisis of 1919-1921”. Modern Asian Studies 24.1: 115-146)。しかし、エルニーニョによる異常気象という地域大での気象要因に着目すると、コメ市場の危機は、イギリス帝国を中心とする南アジア・東南アジアに限られてはおらず、日本の米騒動といった従来は国内の政治要因から解釈されてきた東アジアでの事件との関係も考えられることとなる。エルニーニョによる異常気象のショックの下で、特定の地域における旱魃或いは水害による米の不作が、生産から流通と消費に至る連鎖を介してアジア全域での危機へと繋がっていくプロセスから、水をめぐる水圏間の密接な関係を明らかにすることを試みている。(城山 智子)

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